2005年に2回目のタイムトラベルをして駅のホームで少年岡部と紅莉栖(クリス)が出会ったとき、紅莉栖(クリス)の服装が変化し、かつ容姿も少女化している。

少女化していると言えるのは、ベンチに座っているクリスの座高が、2011年の服装をしているときの紅莉栖(クリス)は少年岡部より高いが、2011年の服装をしていないときの紅莉栖(クリス)は少年岡部と同じぐらいになっている。つまり身長が低くなっているため、明らかにクリスは少女化しているといえる。

2011年のクリスと、少女化した紅莉栖(クリス)が一瞬で入れ替わっており、この少女化して服装が変わった紅莉栖(クリス)の描写はいったい何だったのかという謎について考察、分析します。

【2014年6月16日加筆修正】

以下の解説での略語の意味
RS=リーディングシュタイナー
SG世界線=シュタインズゲート世界線

一番最初の考察(以前の考察)

ここでの考察は、一番最初に考察したものなので、いろいろ不十分な点があるのですが、それでも最終的な結論を補強するものとして書いておきます。

(1)3つの仮説

仮説①:世界線のゆらぎ(SG世界線とR世界線でのゆらぎ)
仮説②:記憶のゆらぎ(SG世界線の記憶と別世界線の記憶でのゆらぎ)
仮説③:記憶と実際のゆらぎ(実際の事実と岡部過去記憶のゆらぎ)

のためクリスと岡部の接触でクリスの服装と容姿は変化(少女と大人)する。

仮説①:世界線のゆらぎ(SG世界線とR世界線でのゆらぎ)

 世界線のゆらぎ説だと、SG世界線とR世界線でゆらいでおり、突然岡部がSG世界線からR世界線へ移動してSG世界線での岡部は消えたようにSG世界線で話していた岡部とクリスだが、R世界線に岡部と一緒にクリスも移動してしまう。R世界線ではタイムマシンはないので、クリスの存在は2005年でのクリスの容姿と服装に変化・再構築されて、2005年時点でのクリスと会話していたことになっている。
R世界線にクリスも移動できたのは、ラストでクリスだけが最初にR世界線の岡部に接触できた理由と同じ。

仮説②:記憶のゆらぎ(SG世界線の記憶と別世界線の記憶でのゆらぎ)

 記憶のゆらぎ説だと、SG世界線の記憶と別世界線の記憶でゆらいでおり、別世界線で体験していなかった記憶が突如として岡部に入って来たように、SG世界線で話していた岡部とクリス(2011年)だが、別世界線で岡部とクリス(2005年)が話していた記憶が岡部に入って来たために、クリスの容姿と服装が変化した。

仮説③:記憶と実際のゆらぎ(実際の事実と岡部過去記憶のゆらぎ)

 記憶と実際のゆらぎ説だと、実際の事実と岡部過去記憶でゆらいでおり、実際の事実は2011年のクリスが岡部と会って会話しているが、岡部過去記憶では2005年のクリスが岡部と会って会話していることになっている。

 
 なお、クリスが2005年時点での岡部から見てもらいたい自分の妄想図という仮説もあるが、TVアニメでも映画中でもクリス妄想図が映像として描写されたことは一度もないなどから、まずその可能性は低いので、最初からその仮説は考慮しない。


(2)確かな推測事実

①R世界線⇔SG世界線となるきっかけ描写

2005年に岡部がクリスと接触して会話してファーストキスしたことが、岡部がR世界線からSG世界線へと戻るきっかけになったということを暗示したいためのクリスの服装と容姿変化・ゆらぎの演出・描写なのは間違いない。

それで、岡部が消える=R世界線へといくことになるときの描写には、記憶のゆらぎか世界線のゆらぎが重要なポイントになっている。なので、SG世界線へと戻ることになるときの描写にも、それと同じ描写がなされると考えるのが普通である。

実際にα世界線⇔β世界線と行って戻ってくるときには、Dメールを送信して過去改変してα世界線に行き、以前の過去改変を無効にするDメールを送信したりしてβ世界線に戻っていった。

つまり、α世界線⇔β世界線と行って戻ってくるときには、必ず同じような作業・描写(=過去改変か過去改変無効)がなされるという法則がある。

従って、実際の事実と岡部過去記憶のゆらぎではないことは確定する。少なくとも、記憶のゆらぎか世界線のゆらぎのどちらかになる。

②同じ時間、同じ場所でクリスの年齢が違う = 世界線の違うクリス

同じ時間、同じ場所であっても、クリスは明らかに同じ年齢ではない。年齢が変化したことで、服装も変化している。

では、何故同じ時間、同じ場所でクリスの年齢が違うのか?同じ時間であることは、岡部の容姿が同じであることから同じ時間と推測される。

一方は、タイムトラベルしてきた2011年のクリス。もう一方は、岡部と身長(座高)が一緒なので、おそらく岡部とだいたい同じ年齢と推測される。そのため、もう一方のクリスは2005年のクリスと推測される。

岡部から見た過去記憶だとしても、服装から身長まで全てあそこまで大きく変化して記憶してしまうのは考えづらい。服装は誰しも覚えていないだろうが、年齢差、身長差などまで大きく間違って記憶する人間はほとんどいない。

なので、岡部から見た過去記憶の可能性は低く、少女クリス(2005年)は、別世界線のクリス(2005年)と考えるのが妥当か。

③色調が光り輝くもやがかった描写 = 別世界線の記憶挿入か過去記憶

記憶のゆらぎで、体験していない別世界線の記憶が差し込まれるときや過去記憶では、色調が光り輝くもやがかった描写がなされている。

2005年に岡部がクリスと接触して会話しているときの描写でも、少女化したクリスのときは、色調が少し光り輝くもやがかった描写がなされている。

つまり、この描写は、体験していないかもしくは体験していた別世界線の記憶であるか、過去の記憶の可能性を示唆している。

しかしながら、①と②より実際の事実と岡部過去記憶のゆらぎはないので、過去記憶ではなく、別世界線の記憶以外にない。

④R世界線は岡部以外の人はいない

R世界線では人は全くいないので、電車は動かないはず。なので、2005年に岡部がクリスと接触して会話しているときの描写でクリスが少女化したときも電車は動いているので、少なくともR世界線に移動したわけではないといえる。

すなわち、世界線のゆらぎ(SG世界線とR世界線でのゆらぎ)の可能性は低い。


(3)仮結論

2の確かな推測事実から、3つの仮説のうち可能性として残り、最も可能性が高いのは、②の記憶のゆらぎ説で、

「SG世界線で話していた岡部とクリス(2011年)だが、体験していたか体験していないかは不明だが、別世界線で岡部とクリス(2005年)が話していた記憶が岡部に入って来て、そのときの記憶の描写がなされたためにクリスの容姿と服装が変化した」

という可能性が最も高い。

したがって、2005年のクリスと岡部の接触でクリスの服装と容姿が変化するのは、記憶のゆらぎ(SG世界線の記憶と別世界線の記憶でのゆらぎ)によるもので、別世界線で岡部とクリス(2005年)が話していた記憶の描写である可能性が高い。

これは岡部の存在する世界線が変化・ゆらぎ始める、つまりR世界線からSG世界線へと移動しかかっていることを言いたいための描写と考えるのが最も良い考え方だといえる。


ここでの仮結論を、以下の理論・考察により説明し直します。

高い対称性にもとづく分析
デジャヴの設定(作品世界内の設定に基づく分析)
量子力学的な効果と観測問題の設定(現実の物理学を応用した分析)


高い対称性にもとづく分析

①対称性からデジャヴ

シュタインズゲートでは高い対称性が成立する。

参照:高い対称性にもとづく分析

それで、前半部分、SG世界線→R世界線での最初の記憶のゆらぎ=別世界線の記憶の挿入(前段階の描写)=デジャヴとして、別世界線であるα世界線のデジャヴとして、ラジオ会館にタイムマシンが突き刺さっている出来事がある。これは前半部分において岡部に対する最初のSG世界線ではありえない描写である。

前半部分との高い対称性などから、そのときにいるSG世界線ではありえない描写の少女化クリスの出来事は、後半部分の最初のデジャヴで、現在の世界線から別世界線のデジャヴであると推測される。

それで、前半部分、SG世界線→R世界線と同様に、突然、視聴者にとってはありえない描写のデジャヴとして、クリスが少女化し服装変化した描写が入る。

②デジャヴ(既視感)の描写からデジャヴ

クリスが少女化し服装変化した描写がデジャヴ(既視感)だという描写として、直前の2011年のクリスと少女化したクリスとで、話している内容や状況が同じであるため、完全なデジャヴ(既視感)であると、視聴者に訴えかけている描写になっている点が上げられる。


①と②より、以下のような対比、対称性の推測ができる。


前半部分、SG世界線→R世界線 後半部分、R世界線→SG世界線
ラジオ会館にタイムマシン クリスが少女化し服装変化した描写
前半の最初のデジャヴ 後半の最初のデジャヴ
SG世界線でない別世界線のデジャヴ SG世界線でない別世界線のデジャヴ
デジャヴ時は実際には体験していない デジャヴ時は実際には体験していない
このデジャヴ後一時的にR世界線へ このデジャヴ後一時的にSG世界線へ



従って、

「SG世界線の2011年のクリスと比較して、容姿が少女化し服装も変化したクリスが岡部と出会った出来事は、実際には体験していなくて、そのときにいるSG世界線からわずかにずれた別世界線の岡部のデジャヴである」

可能性が高い。

そして、後半部分、R世界線→SG世界線となるために(岡部のSG世界線での存在確率が上昇するために)、記憶のゆらぎ=別世界線の記憶の挿入=デジャヴとして、クリスが少女化し服装変化した描写があると推測される。


なお、ここでの結論から、R世界線⇔SG世界線となるために必要なことはデジャヴであるという結論が導かれて、「R世界線⇔SG世界線となるために必要なこと」の記事が書かれている。


デジャヴの設定にもとづく分析

肉体がSG世界線にあるときのデジャヴは、視界と聴覚だけが別世界線のものになり、視覚情報と音声情報は、全てその人の視点の世界線に変換されて見える聞こえるというバーチャルリアリティデジャヴになる。

バーチャルリアリティデジャヴ
=肉体はSG世界線にあるのに、視覚と聴覚の世界線だけが別世界線になり、まるでSG世界線のものを別の世界線のものに変換して見聞きできるゴーグル(視覚情報)とヘッドホン(聴覚情報)をつけて、バーチャルリアリティのようにして見聞きするデジャヴのこと。

参照:デジャヴの設定

それで、2005年のときの岡部は、R世界線ではなく確実にSG世界線にいる。ただ、岡部の視界と聴覚の世界線だけが別世界線になっていて、その世界線のデジャヴを見ているだけである。つまり、肉体はSG世界線にありながら、視覚と聴覚の世界線だけ移動したことによるバーチャルリアリティのデジャヴを見ている。

また、2005年の少女化クリスシーンになる直前に雨が降る空の描写がある。これはスカイクラッド(空を纏う=神に等しい力を持つ者=RSの能力を持つ岡部)の観測者を意味すると思われ、つまり岡部視点になりますという意味です。

参照:小ネタ - Steins;Gate/シュタインズ・ゲート 攻略・考察Wiki

従って、2005年の岡部視点の世界線は、2005年のSG世界線からわずかにずれたSG世界線内の別世界線(=SG’世界線)の同時刻のバーチャルリアリティデジャヴを見ている。

そのため、岡部の視覚と聴覚はSG世界線のものを2005年時点のSG’世界線に変換されて見聞きしているため、2011年のクリスは、2005年時点のクリスの容姿である少女化クリス(2005年クリス)として見えている状態になっているわけである。

会話内容は、SG’世界線に変換されても同じであり、変わらないとなる。


デジャヴの世界線間の量子力学的トンネル効果

デジャヴ(=記憶)の存在確率の世界線間の量子力学的トンネル効果 =
量子力学的な確率の波状態になっている岡部のデジャヴ(=記憶)は、世界線 間の変動率が極めて低いのならば、世界線間の極微小の壁を量子力学的トンネル効果によりトンネルして、デジャヴ(=記憶)の存在確率が別世界線へとしみ出 してしまう効果。これによりデジャヴ(=記憶)が、過去に実際に体験して記憶した世界線からわずかな変動率差だけずれた世界線に移動してしまい、その世界 線でのこと、記憶をバーチャルリアリティのような感覚で体感、体験してしまう。

参照:量子力学的な効果と観測問題の設定

それでデジャヴの量子力学的トンネル効果により、視点(デジャヴ)の世界線がSG世界線から極わずかな変動率差のあるSG世界線内の別世界線に移動してしまい、実際には体験していないSG世界線での出来事として少女化し服装変化したクリスと岡部が出会っているかのように感じることになる。

つまり、少女化し服装変化したクリスと岡部が出会っているのは、クリス視点のものではなく、岡部視点のもので、岡部の別世界線での体験していないわずかな記憶であるバーチャルリアリティデジャヴである。

より正確には、肉体はR世界線から一時的にSG世界線に移動してきているときに、視界と聴覚だけSG世界線からわずかにずれた別世界線に移動して、その世界線のバーチャルリアリティデジャヴを見ていた。


SGの数式、RS、世界線変動経路の考察から導かれるより正しい結論
【2014年6月16日追記】

(1)リーディングシュタイナーが全原因と正体 より

SG’世界線にたどり着ける直前の世界線で、過去を変えずに結果や記憶を変えるときに、RS獲得の代償の半分がRS本人に戻ってくる。

・映画:SG’’世界線で過去を変えずに岡部にファーストキスをすると、存在確率50%減少のうちの半分である存在確率25%減少がクリスに行くことでクリスの存在確率が75%、岡部の存在確率が25%になり、二人ともバーチャルリアリティデジャヴを見る。

(2)前世から映画までの世界線変動経路SGの数式で解き明かされる謎と具体例 より

①少女化クリスと少年オカリンの状態は以下となっている。

・クリスの存在確率=75%
|Sa(精神)|^2≒0.25、|Sa(記憶)|^2≒0.75、|Sa(物質)|^2≒0

・岡部の存在確率=25%
|Sa(精神)|^2≒0.75、|Sa(記憶)|^2≒0.25、|Sa(物質)|^2≒0

・二人とも同じ状態の部分
肉体と記憶はSG’’世界線、精神(視覚と聴覚)だけがSG’’世界線からわずかにずれたバーチャルリアリティデジャヴ
精神=SG’’±δ世界線、記憶=SG’’世界線、肉体=SG’’世界線


存在確率の状態の違いにより、以下のようになる。

・クリスの存在確率は75%よりバーチャルリアリティデジャヴを見る時間は短いので、映画の描写でクリスが2005年の少女ではなく2011年のクリスになったときに、クリスはすでにデジャヴを見ていない。

・岡部の存在確率は25%よりバーチャルリアリティデジャヴを見る時間は長いので、クリスがデジャヴを見終わった後でもまだデジャヴを見ている。


②1991年10月ぐらい(クリス受精)~1991年12月14日(岡部誕生)
=クリスと岡部が受精しており、二人ともお腹の中にいるとき=SG’’世界線
との反転対称性になるSG世界線デジャヴである。

2005年の少年岡部と少女クリスのSG世界線のデジャヴと反転対称性にある前半のデジャヴ
=ラジオ会館にタイムマシンというα世界線のデジャヴ。「別の世界線では、可能性世界線では、実際にあった出来事」

これとの反転対称性から、2005年の少年岡部と少女クリスのSG世界線のデジャヴは、「SG世界線で実際にあった出来事を反転した出来事」である。

以下がこれに該当する。


1991年10月ぐらい(クリス受精)~1991年12月14日(岡部誕生)
=クリスと岡部が受精しており、二人ともお腹の中にいるとき
=SG’’世界線

岡部 の存在確率=75%
|Sa(精神)|^2≒0.25、|Sa(記憶)|^2≒0.75、|Sa(物質)|^2≒0
精神=SG’’世界線、記憶=SG’’世界線、肉体=SG’’世界線

クリスの存在確率=25%
|Sa(精神)|^2≒0.75、|Sa(記憶)|^2≒0.25、|Sa(物質)|^2≒0
精神=SG’’世界線、記憶=SG’’世界線、肉体=SG’’世界線


岡部が先に受精していて、2ヶ月後にもうすぐ生まれる状態。クリスは受精してすぐの状態。二人ともお腹の中にいるときに、母親同士が出会っていたと推測される。

これとの反転対称性(実際にあった出来事を反転した出来事)から、

「2011年のクリスが2005年の岡部に会いにいくと、バーチャルリアリティデジャヴによりクリスも少女化する」

という描写が反転対称性のSG世界線デジャヴとなる。


ただし、映画での岡部が消失しているSG’’世界線では、岡部もクリスも覚えていないし、岡部は消失しているから、お腹の中にいるときに出会った出来事はなかったことにされている可能性が高い。


映画監督である若林監督コメントからの検証【追記】

「また、幼少の岡部倫太郎と紅莉栖が出会うシーンについての心情について問われると「わりとよく聞かれるポイントですね。アフレコのときにも宮野さんに聞かれて、お話ししました。あのシーンは画面の通りに見てはいけないんです。子どものころの岡部がいて、そこにどうやっても岡部を助けられないという心情の紅莉栖がさまよって偶然再会してしまう。そのときの紅莉栖の心情を描写しています。もうひとつ『シュタインズ・ゲート』的に込めたかった意味は“あったかもしれない過去”ということですね。その先は皆さんに解釈していただければ」とコメントした。」

http://www.famitsu.com/news/201403/24050436.html より引用

「画面の通りに見てはいけない」 = バーチャルリアリティデジャヴ

「あったかもしれない過去」 
= 過去の別世界線(あったかもしれない可能性)のSG世界線では実際にあった出来事を反転させたデジャヴ

推測される理論と、監督の言葉の内容が一致する。

よって考察は正しいと推測される。

紅莉栖(クリス)が少女化し服装変化した謎の結論まとめ

前半との対称性から、SG世界線の2011年のクリスと比較して、容姿が少女化し服装も変化したクリスが岡部と出会った出来事は、実際には体験していなくて、SG世界線からわずかにずれた別世界線の岡部のデジャヴである。

デジャヴの設定から、このデジャヴは、肉体はSG世界線にありながら、視覚と聴覚の世界線だけ移動したことによるバーチャルリアリティデジャヴである。

2005年の岡部視点(視覚と聴覚)の世界線は、2005年のSG世界線からわずかにずれたSG世界線内の別世界線(=SG’世界線)の同時刻のバーチャルリアリティデジャヴを見ている。

岡部の視覚と聴覚はSG世界線のものを2005年時点のSG’世界線に変換されて見聞きしているため、2011年のクリスは、2005年時点のクリスの容姿である少女化クリス(2005年クリス)として見えている状態になっているわけである。

会話内容は、SG’世界線に変換されても同じであり、変わらないとなる。

これが起こる原因は、デジャヴの世界線間の量子力学的トンネル効果によって引き起こされている。

クリスが少女化して見えているのが岡部視点である根拠として、2005年の少女化クリスシーンになる直前に雨が降る空の描写がある。これはスカイクラッド(空を纏う=神に等しい力を持つ者=RSの能力を持つ岡部)の観測者を意味しており、つまり岡部視点になりますということを意味している。

デジャヴ描写である根拠として、少女化したクリスシーンでは、色調が光り輝くもやがかった描写になっていることがあげられる。映画の前半で、体験していない別世界線の記憶のデジャヴが差し込まれるときや、過去記憶では、色調が光り輝くもやがかった描写がなされている。

【追記】

RS、SGの数式、世界線変動経路の考察から、クリスと岡部のRS獲得の代償である存在確率50%減少が全部岡部にいったために岡部は消失している。

存在確率100%+岡部RS獲得の代償+クリスRS獲得の代償
=存在確率100%-存在確率50%-存在確率50%
=存在確率0%

過去を変えずに記憶を変えるその瞬間において、クリスのRS獲得の代償のうちの半分である存在確率25%減少分がクリスにいくことで、クリスの存在確率が75%、岡部の存在確率が25%になる。

このことにより、クリスと岡部が両方ともバーチャルリアリティデジャヴを見ている。が、存在確率の状態の違いにより、クリスはすぐにデジャヴを見終わるが、岡部はまだしばらくデジャヴを見たままである。そのため、映画の描写で少女クリスが2011年クリスになっても、2005年の少年岡部は2011年のクリスの姿は見ていない。

これがSG世界線のデジャヴ(過去にあったこと)になる理由は、過去にSG世界線で岡部とクリスがお腹の中にいたときに出会ったという実際にあったことの反転対称にある出来事だからである。


2014年01月20日 20:50│Comments(0)

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